心当たりある?!私が親を嫌いになった7つのNGワード

心当たりある?!私が親を嫌いになった7つのNGワード

本当は誰よりも信頼し、大切な存在であるはずの親。そんな親から何気なく言われた言葉に傷ついた経験、誰にでも一度ぐらいはあるかもしれません。小さい頃からひどい言葉を浴びせられ続けた人もいるでしょうし、たった一度だけ言われた言葉が一生忘れられないぐらい大きな心の傷になってしまってもう親なんて嫌いだ、と思ってしまったという人もいるでしょう。言った本人は、覚えていないぐらい些細な言葉かもしれません。でも、言われた方は簡単に忘れる事なんてできない・・・。ここでは、親から言われて親を嫌いになるほど傷ついた言葉をご紹介します。言われた言葉やシチュエーション、置かれた環境はそれぞれ違いますが、大好きな親だからこそ言われたくなかった言葉がたくさんありました。



 

心当たりある?!
私が親を嫌いになった7つのNGワード

 

「お前たちより従姉の方がかわいい」


私と妹、お互いの夫と子供と父とでお正月に食事に招待した時、だんだんお酒がまわってきた父に「俺はお前たちより○○(私たちの従姉)の方がかわいい」と言われました。母と離婚するまでさんざん修羅場を見せられ、私たちからもお金をせびって行った父を許して普通に接していた私たちに、たった今食事をごちそうしてもらっているはずの私たちに対してそう言った父。じゃあ従姉にご飯食べさせてもらえば?と言いたいのを二人で我慢しましたが、一生忘れることはできません。

「何とかなるものなのよ」


まだ子供が7か月ぐらいの時、私が39度の熱でダウンしたことがありました。夫は仕事が休めない為、1日目は何とか一人で乗り切ったもののものすごくきつくて、次の日は母に、子供が生まれてから初めてSOSを出しました。でもゴルフに行くから「自分で頑張り」と断られ、その日もフラフラになりながら子供の世話をし、子供も私が寝ている横でいつのまにか寝てくれていたりして、何とか一日乗り切りました。その夜、一応気にして電話をくれましたが、一日の様子を伝えると「ほら、何とかなるものなのよ」と、ねぎらいの言葉もなく電話を切られました。何とかなったんじゃなくて、何とかしたんです!妹が何か頼むとすぐに飛んでいくくせに、自分が頼みごとがある時だけはすぐに電話してくるくせに・・・。もう一生母には頼らないと誓った瞬間でした。

「俺がもう少し若かったら…」


私は結婚後、つらい不妊治療の末やっと男の子を授かりました。父はそんな私に優しい言葉をかけてくれることはなく、非難されたことさえあったのですが、数年後に結婚した弟も、実は男性不妊だったことがわかり、本来なら自然に妊娠できたはずの健康なお嫁さんが、私と同じようにつらい不妊治療をすることになってしまいました。それなのに、父は弟の事はかわいそうだからと一切そのことに触れず、こともあろうにお嫁さんに「俺がもう少し若かったら俺の精子を提供したのに」と言ったのです。あまりに無神経な発言に、お嫁さんに申し訳ないだけではすまず、自分の父ながら情けなくて、大嫌いになってしまいました。

「やっぱり頼りになるのは男の子よね」


私は弟と二人兄弟で、お互い結婚はしていますが実家とは車で小1時間程度のところに住んでいて、弟の自宅からよりも近いので母から何かと用事を頼まれて出かけていくことがありました。少しぐらい忙しくても、自分は長女だし、家も近いので当たり前の事と思って手伝いに行っていた私に、エビで鯛を釣る目的で時々実家に立ち寄る弟の自慢話をしながら「やっぱり頼りになるのは男の子よね」と、何度言われたことかわかりません。恋人の事を話すような表情で弟の事ばかり話す母に幻滅し、母には何も期待しない、自分の義務としてだけ母と付き合って行こうと思っています。

「ついて来ないで」


その頃両親は父の浮気が原因で離婚寸前の状態でした。友人と出かけてとても楽しい気分で帰宅したある日、母が「今から父の浮気相手の家に乗り込む」と、ものすごく取り乱した様子で家を飛び出していきました。楽しかった気分は吹き飛び、すぐに後を追って何とか説得しようとずっと後ろをついていく私に「ついて来ないで。私と来ても何もしてやれない、お父さん所に行って」と母は言いました。すでに家族を省みなくなっていた父と一緒に行けなんて、私にとっては母にも捨てられたと同じ事でした。当時はまだ携帯も普及してなくて、何とかしようと自宅に戻ったりまた母を追ったり、もう一度母に追いついた時には酸欠で倒れそうなほど全力で走り続けた私にまた同じことを言った母。離婚の責任も、直接辛い思いをさせられたのも父にだけだったけど、私はあの時母に捨てられたという事を大人になった今でも忘れられません。

「私の人生はあなたの犠牲になった」


母は若いころから苦労人で、姑にいびられ父にも裏切られ、確かにかわいそうな半生だったとは思います。でも、私に何かいいことが起こるたびに「あなたはいいわよね。私が若いころはそんなんじゃなかった。私の人生はあなたの犠牲になった」と言われるのにはもうさすがにうんざりです。私が努力してつかんだ成功も幸せも、心から喜んでくれたことは一度もありません。娘の成功を自分の事のように喜んでくれる母を持つ友人が本当にうらやましいです。

「あなたはお父さん似ね」


両親は私が子供の頃から不仲で、何かと言えば喧嘩ばかりして父の悪口ばかり言っていました。私は3人兄弟の真ん中で、兄弟の中でもいつも怒られ役、そして事あるごとに母から「あなたはホントにお父さん似ね。」「そういう所、お父さんにそっくり!!」と言われ続けてきました。いつ頃からか、そう言われる度に、ああ、母は私の事も嫌いなんだなと感じるようになり、高校卒業と同時に家に出て、それ以来実家には年に1度帰るかどうかという程度で、ほとんど連絡も取っていません。自分に愛情を持ってくれなかった母には未練も何もありませんが、兄弟とも疎遠になってしまったことが残念です。

 

いかがですか。
親の口からは聞きたくなかったような酷い言葉を浴びせられて傷ついた経験をした人がこんなにも多いことに驚かされてしまいますが、その後つらい経験を乗り越えて、幸せに暮らしている人もたくさんいます。そういう人たちが口をそろえて言うことは、「自分が味わった不幸を我が子には絶対に味わわせない」という固い決意の言葉です。辛い過去を断ち切って、人にやさしくできる人を私は心から尊敬します。ここで紹介したお話は、信頼していた気持ちを踏みにじられたり、自分がしんどい時に突き放されたり、元々は親を強く想っていたからこその悲しみです。辛い経験を乗り越えた強さ、人に優しくできる強さがある人なら、いつかは親を許し、分かり合える日が来ると信じています。

まとめ

心当たりある?!私が親を嫌いになった7つのNGワード

・「お前たちより従姉の方がかわいい」
・「何とかなるものなのよ」
・「俺がもう少し若かったら…」
・「やっぱり頼りになるのは男の子よね」
・「ついて来ないで」
・「私の人生はあなたの犠牲になった」
・「あなたはお父さん似ね」

 

彩~Sai~